デス・オーバチュア
第281話(エピローグ10)「青い悪魔とお父様」




「さて、まず何から話そうか?」
屋敷に戻ったルーファスは、ソファーに腰を下ろすなりそう切り出した。
「……では、まず触れる幽霊のことを……」
タナトスは、ルーファスとテーブルを挟んで向かいのソファーへ座る。
「触れる幽霊ね……まあ、本質はついてるね、幽霊かどうかは別にして……」
ルーファスは悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。
「幽霊……ではないのか?」
「さあね、幽霊か生き霊か、はたまた神霊か……もしかしたら、誰かの一欠片の想いが形を成しただけのモノかもしれない……」
「…………?」
「まあ、生物じゃなくて、霊的存在というか精神的生命体というか、本来物質として存在しないはずのモノなのは間違いないだろうな」
「う〜……」
タナトスが唸り声を上げる。
「ああ、無理に理解しなくていいよ、タナトス。知恵熱が出たら大変だからね」
「ば、馬鹿にするな! だいたいなんとなくなら理解できている!……つもりだ……」
「ははははっ、ごめんごめん」
ルーファスは優しく愛おしげな眼差しをタナトスに向けながら、愉しげに笑った。
「む〜……」
「じゃあ、次の質問いこうか」
「……では、あのヴァル・シオンというのは何者だ? 確か、守護騎士とお前は呼んでいたが……」
「ああ、あれはクリア国……女王を守護する最強の『騎士』様だよ。まあ、クリア版の十三騎とでも言ったところかな?」
「……そんな者が居るなど私は聞いたこともないぞ……」
同じ国に女王に仕える者として、存在すら教えられていなかったことは少なからずショックだった。
「まあ、クリア国最強最後の切り札だからね。暗殺者、隠密なタナトスよりもさらに影の存在だよ……そもそも生きた人間じゃないしね」
「生きた人間じゃない?」
「幽冥の騎士……簡単に言えば過去の強者に仮初めの器を与えて顕界(げんかい)させたモノだ」
「顕界?」
意味の解らない単語に首を傾げる、専門用語(?)を使うのはやめて欲しい。
「では、最後に……この大鎌のことだ……」
タナトスは懐から、七つの赤い宝石が埋め込まれた黒い棒を取り出した。
「ふっ!」
軽く『力』を込めると、黒棒は漆黒の大鎌へと『変形』する。
「おっ、感性で使い方が解っているみたいだね」
「なんとなくだ……」
タナトスは漆黒の大鎌をテーブルの上へと置いた。
「……で、この大鎌について心当たりや知っていることはあるか?」
「無いよ」
「…………」
「でも、見ただけで解ることはいくつかある……それに、こんなふざけた武器創りかねないのは、星界に一人、魔界に一人、地上に一人ぐらいしかいないだろね」
「誰だ?」
「一人は星界最高の職人スターメイカー、もう一人は……」
ルーファスは親指でクイッと自分自身を指差す。
「お前か……て、まさか……」
「ああ、違う違う、俺はこんなの創った覚えないって。まあ、創れる自信はあるけどね」
「……魔界の住人で創れる可能性があるのがお前一人……では、地上……最後の一人は……?」
「お前の実の父親だよ」
「つっ……!」
タナトスの顔に緊張が走った。
「育て親(コクマ)じゃない方ね、血縁上、生物上の方のだ」
「……解っている……クロスの父親だな……」
自分の父親とは言わない、言いたくない。
タナトスにとって父と呼べる存在はコクマ・ラツィエル唯一人だけだ。
例え憎んでいようともそれは変わらない。
生みの親、育ての親、どちらにも自分は捨てられた。
だが、物心つく前のことだったせいなのか、執着がコクマの方にばかりあるせいなのか、デミウルの方には殆ど何の拘りもない。
生みの父と母は自分にとってただの『遠い人』だ。
「と言っても、材料的にあいつに創れるとは思えないけどね……」
「材料?」
「まあ、その辺の詳しい説明は……」
ルーファスは左手の人差し指と親指で輪を作り、大鎌へと近づける。
「……『こいつ』に聞くといい!」
『痛あああぁぁっ!』
強烈な『デコピン』が大鎌に叩き込まれた。



「うっ!?」
「痛ぁぃ〜、なんでよりによってベルの部分をピンポイントで打つのよ〜」
タナトスが脳裏で反響する叫びに頭を抱えていると、大鎌の上から四番目の赤石から黒い小妖精(ピクシー)が飛び出してきた。
「別に〜、なんとなくそこが一番打ち易かっただけだ」
「きぃぃ〜!」
ルーファスの欠片も悪びれない態度に、黒き小妖精は怒りを露わにする。
ちっちゃくてとても可愛らしい小妖精だが、なぜか着ている衣装は扇情的な黒のボンテージだった。
黒髪を二股に分ける二個の赤い宝珠は、まるで巨大な二つの赤目のように黒ずくめの中で一際目立っている。
基本的に整った髪形なのだが、二本の短い触覚のようにぴょこんと跳ねた髪があった。
そして、背中には二枚の透明な翅(はね)が生えている。
「小妖精っていうより……まるでハ……」
「蠅って言うな〜!」
「ぐふっ!」
小妖精の両足を揃えた飛び蹴り(ドロップキック)が、タナトスの左頬に炸裂した。
「まあ、自分で名乗るならいいんだけどね〜、あはは〜っ♪」
「ぐっ……いい蹴りだ……」
左頬をおさえるタナトスの周りを、小妖精は笑いながら飛び回る。
「おい、蠅」
「ああ〜!? こらぁ、翅をつまむなぁぁ〜っ!」
ルーファスが背後から、小妖精の翅を人差し指と中指でつまんで捕まえていた。
「動くと翅が取れるぞ?」
「くぅぅ……」
小妖精の赤い瞳に悔し涙が浮かぶ。
「ルーファス、あまり酷いことは……」
「酷い? 昆虫の分解なんて無邪気な子供の遊びだよ」
「やぁぁっ! 引っ張るなぁっ! 曲げるなぁぁっ!」
「…………」
「はいはい、優しいね、タナトスは……」
ルーファスはタナトスの無言の非難に屈して、小妖精を解放した。
「う〜、翅が取れるかと思ったよぉ〜」
解放された小妖精は、ルーファスから逃げるようにタナトスの方へと飛んでいく。
「怖い怖い〜」
小妖精はタナトスの左肩の上にちょこんと座り込んだ。
「さっきはありがとうね、新しい御主人様〜」
「いや……ん、御主人様?」
「あれ、マスターの方が良かった〜?」
「そういうことではなく……」
「おい、薄汚い黒蠅」
「きゃっ!?」
ビシッという音が響いたかと思うと、ベルゼブブはタナトスの左肩から落ちそうになる。
「ルーファス!?」
タナトスが視線を自分の左肩から正面に戻すと、ルーファスがピンピンッと右手の人差し指をこちらに向けて何度も弾いていた。
「……何をぶつけた……?」
「何も? 敢えて言うなら『空気』かな?」
「ううぅ〜、非道いよおぉぉ〜」
小妖精は泣きながら、タナトスの後頭部に回り込んで隠れる。
「ちっ……」
「ルーファス、弱い者イジメをするな……」
「弱い者ね……まあ別にいいけど」
「ん……?」
ルーファスは何か含みのある態度ながらも、大人しく右手を引っ込めた。
「さてと……おい、黒蠅、いいかげん役目を果たせ」
「……もう打たない?」
タナトスの後頭部に隠れていた小妖精が、こちらを窺うようにチラリと顔を出す。
「打たない。だからさっさと『説明』を開始しろ」
「は〜い」
「説明?」
「こほん、ええ、では、セブンチェンジャーの取扱説明を開始しますね〜♪」
小妖精はタナトスの前方へと移動すると、明るく楽しく語り始めた。



「けっ……」
カイン・テレトースは不愉快そうな表情で暗闇の中を歩いていた。
神剣によって切り落とされたはずの両腕は、何事もなかったかのように健在である。
「やあ、お帰り、カイン君」
スポットライトのような明かりを浴びて、一人の青年が姿を浮かび上がらせた。
ダークスーツに青いネクタイを締め、少し青みがかった白髪で、青の色眼鏡(サングラス)で瞳を覆い隠している。
「ああん? 誰だ、てめえ?」
「万能のベリアス……君と同じ、偉大なる母に仕える美しき獣の一人だよ」
双魚宮(ベリアス)と名乗った青年は、左手に青い薔薇を出現させると、香りを嗅ぐように鼻へと近づけた。
彼の仕草は一つ一つが、やけに芝居がかっているというか、絵になっている。
「へっ、キザな野郎だ」
「おや、気に入らないのかい?」
「ああ、気に入らねぇ……なあああぁぁっ!」
カインはいきなり右拳を突きだし、ベリアスに向けて白光の闘気を解き放った。
しかし、放たれた時にはすでにベリアスの姿はなく、白き闘気は壁へと衝突し四散する。
「ほう、神闘気か……ガルディアの血統でもないのに見事なものだな」
「なっ……」
ベリアスは背後からカインの首筋に青薔薇を突きつけていた。
「てめえっ!」
カインは振り向き様に右肘をベリアスへ叩き込もうとする。
「おっと……」
流れるように華麗なバックステップで、ベリアスはカインの肘打ち(エルボー)をかわした。
「いい度胸だ……オオオオオオオオオオオオオオッ!」
カインの全身から白い闘気が爆発的に立ち登る。
「くらいやがれ! ゴォォォッド……」
「フッ……」
引き絞られたカインの右拳が打ちだされるより速く、無数の青い光が周囲の空間を網目のように埋め尽くした。
青光の網目が消えるのと同時に、カインの体中から鮮血が噴き出す。
「フッ、君と私とではスピードが違……うっ!?」
カインの向こう側に駆け抜けていたベリアスが、脇腹をおさえて蹲った。
「へっ……手数が多いだけで大したことねえな……」
「当てていたのか……一撃だけ……」
ベリアスが手をどかすと、拳の形に陥没した脇腹が露わになる。
「見直したよ、それでこそ我が同志というものだ……」
口元に不敵な笑みを浮かべて、ベリアスはすらりと立ち上がった。
「ああぁ〜? 同志だぁ〜?」
カインは死ぬほど嫌そうな顔をする。
「フフフッ……」
ベリアスが再び脇腹にあてた手が、穏やかで優しい輝きを放った。
そして手がはなれると、脇腹の陥没は最初から無かったかのように綺麗に消え去っている。
「魔術? いや、魔法か? 器用な奴だ」
「よければ君の傷も治そうか?」
「いらねぇよ、こんなかすり傷、ほっときゃ勝手に治る」
と言っている傍から、カインの全身の傷は次々に塞がっていった。
「なるほど、『神闘気』とその『超絶の肉体』が、君があの御方から授かった『力』か……」
ベリアスは興味深そうな目で、カインの超回復の様を眺めている。
「よし治った! さあ、続きを始めるか?」
「ふむ、そうだな……私としても、自分の『力』をもう少し試したいところではあるが……うっかり、同志である君を殺してしまっては困るからな……」
「はっ! 無用な心配ってやつだ! 来な、キザ野郎!」
カインの全身から神闘気が爆発的に噴き出した。
「先程より遙かに『気』が充実している……ダメージを負って回復する度に強さがます肉体か……?」
「分析してないでさっさと来な! それともこっちから行ってやろうか?」
「急ぐな、今見せてやろう……『神』より授かりし偉大なる『十二の神通』を……」
ベリアスは青薔薇を持った左手を美しく振りかぶる。
「どこまでも気取った野郎だ……御託はそこまでにしなっ!」
「我が奇跡(力)、果たしてどこまで君に見れるかな?」
「アルコンテスって……馬鹿ばっかりね……」
「ああっ!?」
「むっ!?」
カインとベリアスの『力』が激突しようとした瞬間、二人の間にエレクトラが出現した。
「……美しい修道女(シスター)、貴方は?」
「処女宮(サバオート)のエレクトラ……一応あなた達のお仲間よ……」
エレクトラは不本意ながらといった表情でそう名乗る。
「この感じ……てめえかっ!? 俺の邪魔しやがった鎖野郎はっ!?」
「あら? あなた、私の性別も見て解らないの? 男と女の区別もできないなんて……凄い馬鹿ね……」
「んだとてめえぇぇっ!」
「ふん」
カインの怒りに呼応するように白光の闘気が荒れ狂うが、エレクトラは自分には関係ないことのように涼しい顔だ。
「十二獣星なんて御大層な名を名乗りながら、私を含めてもまだ三人とはね……素敵な零細結社ね……」
エレクトラは『アルコンテス』を嘲笑う。
「仕方あるまい、あの御方はまだ目覚めてさえいないのだから……」
「…………」
「んなことはどうでもいい! おい、女っ! てめえ、俺様をおちょくってただで済むと……」
「思っているけど、何か?」
本気でカインが何を怒っているのか解らないかのような、キョトンとした可愛い表情でエレクトラは返した。
「よし死ね! すぐ死ね! 今この場でぶっ殺してやらああっ!」
「落ち着きたまえ、カイン君。エレクトラ嬢もそれ以上彼を煽らない。私達は同じ『神』に仕える同志ではないか!」
ベリアスが演説するようにして、二人の説得を試みる。
「うるせえ! てめえは黙ってろ、キザ男!」
「仕えるね……確かに『アレ』と契約は交わしたけど、あなたのように奴隷になった覚えはないわ……」
「ふう〜、悲しいことだ、君達には御使いとしての自覚が足りな過ぎる……」
欠片のまとまりもないアルコンテス十二獣星(三人組)だった。



「ただいま、お父様ァァァ〜♪」
ドレス姿のメルマリアは、出現するなり甘えた声を上げて『お父様』に抱きついた。
そこは無数の機械と薬品で埋め尽くされた研究室。
「おかえり、メルマリア」
この研究所の主である男は、メルマリアに抱きつかれても特に気にした風もなく、作業を続けていた。
「お父様に言われたとおり、ちゃぁぁんと敵に塩を送ってきました〜♪」
メルマリアの口調というか、雰囲気はあまりにも普段とかけ離れている。
丁寧で低姿勢……早い話、どこまでも甘えて媚びているのだ。
「予想外の介入があって、蘇った牙は確認できなかったけど……間違いなく、牙は蘇り駄目駄目ライオンの元に還るはず……そうなるように頑張って手配しました!」
だから、誉めて誉めて!……とメルマリアは全身で主に訴えかける。
「そうか……よくやった、メルマリア」
「エヘヘ〜♪」
男の賞賛は素っ気なく冷たくも思える、にもかかわらず、メルマリアはとても幸せそうだった。
「で、監視の方はどうなっている?」
「あ……えっと……」
「どうした?」
「あの……監視対象のメインの方は……駄目駄目ライオンに一撃で殺られちゃいました……」
「…………」
初めて一瞬だけ男の動きが止まる。
「……そうか……殺られたのか……」
男は先程の一瞬の硬直が無かったかのように作業を再開した。
「お父様?」
「いや、問題ない。それから、『残り』の方はもう放っておいていい……御苦労だった監視任務は終了だ」
「えっ、放っておいていいんですか? いえ、お父様がいいと言うならそうしますが……で、次の任務は?」
「特にはない。祭りの日まで好きにしていろ」
どこまでも男は素っ気ない。
「はい! あの……それじゃあ……ここに……お父様の傍に居ていいですか? 決してお仕事の邪魔しませんので……」
「好きにしていいと言ったはずだ」
「は、はい!」
メルマリアは手を離し三歩後退すると、自分をほっといて作業に没頭する男の背中を、愛おしげに見つめるのだった。











第280話へ        目次へ戻る          第282話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

返信: 日記レス可   日記レス不許可


感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜